茶粥

ilovesun

2015年11月02日 09:53

 やっぱり食べたい!...という気持ちは強いが、こういうこともまた風流...はなはだ強がりかもしれないが「食欲の秋」に「読書の秋」が勝った瞬間だ(#^.^#)

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 池波正太郎「食卓の情景」。丸谷才一「食通知つたかぶり」。檀一雄「檀流クッキング」。荻昌弘「男のだいどこ」。邱永漢「食は広州に在り」。などなど並べてみればニヤリとするご同輩も少なくなかろう。読むだけで生つばがわく「食」エッセーの名作たちである。

 いまほどグルメ情報が氾濫していなかった時代に、作家が技巧を凝らして表現する味はいたく鮮烈な印象を残した。「皿の上でタップ・ダンスでも踊りそうに、生きがよいカツレツ」といった池波節など、昨今の「食べログ」リポートだって到底及ぶまい。はやりの言葉で言うなら「メシバナ」(食べものの話)の白眉だ。

 メシバナで思い出すのは、矢田津世子の短編小説「茶粥(ちゃがゆ)の記」である。主人公は区役所の戸籍係。なんの美食体験もないが、読んだり聞いたりした味について同僚に吹聴し、たいへんな食通と思われている。「この頃の牡蠣(かき)の旨(うま)いことったら、どうです。シュンですな」……。話のなかの食は、なぜかときに実物を超える。

 あの店この店に星がつき、大行列だったり数カ月先まで予約がいっぱいだったり。そんな風潮にうんざりしたなら、ここは一流のメシバナでも味わうにかぎる。茶粥と塩ザケでつましく暮らす、くだんの主人公いわく「想像してたほうがよっぽど楽しいよ。どんなものでも食べられるしね」。財布が喜ぶことも請け合いだ。

春秋@日本経済新聞 11/2

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ilovrsun☼

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